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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)6565号 判決

原告

山田サツキ

被告

大阪市

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一一九七万六五五六円およびうち金一一四七万六五五六円に対する昭和四九年一二月六日から支払済まで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

主文と同旨の判決

第二当事者双方の主張

一  請求原因

1  事故の発生

日時 昭和四一年一二月五日午後〇時一五分頃

場所 大阪市西成区津守町東七丁目一一四番地先

加害車 被告所有の清掃車

右運転者 被告清掃局自動車事務所住吉出張所現業員中田一夫

被害者 原告

態様 原告が横断歩道を歩行中、加害車に右横から衝突された。

傷害の内容 頭部打撲、脊髄損傷

2  責任

被告は、本件加害車を所有し自己のためこれを運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により原告に対し後記損害を賠償すべき義務がある。

3  示談契約

原、被告は、昭和四三年一月五日、右1の事故(以下、本件事故という。)について次の費用を被告が負担することとして、示談した。

(1) 事故発生の日から昭和四二年一二月二〇日までの治療費全額

(2) 付添婦料全額

(3) 休業補償、後遺症慰藉料を含め、見舞金一二〇万円

(4) なお、今後、三年間入院を必要とする症状のある場合、本件事故を原因とする公立病院の診断書があるとき、その治療費は被告負担とする。

4  示談契約後の後遺症の発生

原告には、次のとおり後遺症が発生したが、これは、前記示談契約に記載された後遺症(当時、夜尿症の後遺症を前提とした。)とは全然別個の後遺症であつて、示談契約当時、予測し得ないものであつた。

すなわち、原告は、本件事故後、それまで勤務していた「百一堂」という角砂糖製造会社を退職し、しばらく安静にしていた後の昭和四五年秋頃から、住友生命保険河内支社のセールスマンとして勤務した。ところが昭和四八年に入つてから少しずつ視力が衰え始めたことに気付き(その少し以前から発病があつたかもわからないが気がつかない程であつたと考えられ、最初は左眼から進行し、右眼も少し遅れて衰える)、同年末頃勤務の継続が苦しくなり(当時としては日常生活上は特に困難はなかつた)、右セールスマンを辞め、同時にニユージヤパンサウナでマツサージの仕事をするようになつたが、昭和四九年に入つてからも視力の衰えは継続したので、同年一一月東大阪市民病院において診断を受け、更に同年一二月五日大阪日赤病院において診断を受けたところ、両遠視弱視(右視力〇・一、左視力〇・〇五いずれも矯正後の視力)と診断され、昭和五〇年一月一三日付で身体障害等級二種六級の大阪府身体障害者手帳の交付を受けた。その後右等級は、昭和五一年一月一三日付で一種四級(右〇・一、左〇・〇二、いずれも矯正後)、さらに同年一〇月一五日付で一種二級(両眼〇・〇一矯正不能)と変更された。

ところで、原告は、本来視力障害とは無縁であり、その血族関係者にも一切視力障害者はいない。このことに本件事故により原告は頭部を強打され、脊髄損傷という傷害を受けたものであること、頭部強打の結果、後々視力障害の発生することは経験的にも医学的には容易に考えられることを併わせると、原告の視力障害は本件事故に起因するものであることは明らかである。

5  損害 金一一四七万六五五六円

(一) 逸失利益 金六四七万六五五六円

原告の視力障害の後遺症は、後遺症等級第二級第二号に該当し、原告は、労働能力を一〇〇パーセント喪失したものであるところ、本件後遺症発生当時四一歳の女子で、右後遺症が発生しなければ六七歳まで稼働可能であつたと考えられるから逸失利益算出の基準たるべき年収を金九一万八四〇〇円(昭和四八年賃金センサス第一巻第一表女子学歴計四〇~四四歳)、ホフマン係数を七・〇五二(六七年の係数二九・〇三二四から四一年の係数二一・九七〇四を控除。)として計算すると、金六四七万六五五六円となる。

(二) 慰藉料 金五〇〇万円

(三) 弁護士費用 金五〇万円

6  以上によれば、被告は、原告に対し、金一一九七万六五五六円およびうち弁護士費用金五〇万円を除いた金一一四七万六五五六円に対し本件後遺症が認定された翌日である昭和四九年一二月六日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実のうち、事故の態様、傷害の内容については否認するが、その余の事実は認める。

2  同2の事実については争う。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実のうち、示談契約の後遺症が夜尿症の後遺症を前提としているとの点は否認し、その余の事実は知らない。仮に原告主張のような後遺症が発生していたとしても後記三記載のとおり本件事故との間に因果関係は存在しない。

5  同5の損害についてはいずれも争う。

三  因果関係についての被告の主張

仮に原告主張のような視力障害が発生していたとしても、本件事故は昭和四一年一二月五日に発生したもので原告の右障害発現より六、七年も以前の事故であり、しかも原告はその後次の1、2記載のとおり二回に亘つて受傷しているのであり、右各受傷の内容、原告の視力障害発生の経過等に照らせば、その視力障害は右各受傷によるもので、本件事故とは因果関係がないことが明らかである。

1  原告は、昭和四七年六月九日午前六時二〇分頃、東大阪市上小坂一九九番地付近路上を自転車で走行中、貨物自動車と接触して、右足、左肩、左上腕、腰部各挫傷および外傷性頸椎症の傷害を受け、同日八戸の里病院(東大阪市下小坂七番地)において受診したところ、その症状として頭痛、頸痛、悪心、嘔吐、頸部運動制限等があり、さらに同月一五日同病院に入院し、同年八月一三日退院したが、右退院時に頭痛、頸痛の障害が残つていた。

2  また原告は、昭和五一年一月二日、自宅玄関で転倒して柱で頭部を打ち、頭部および頸部に受傷し、同日阪和病院整形外科(大阪市住吉区南住吉町三―九五)において受診したところ、頭部外傷、頸部捻挫の診断がなされ、即日入院し、同月一八日軽快退院した。

四  右被告の主張に対する原告の反論

被告の主張する三の1、2記載の事故があつたことはいずれも認める。

しかし、昭和五一年一月二日の転倒事故(三の2)は、明らかに障害認定後の事故であるから、本件視力障害との因果関係は日時的に否定されるものであり、また昭和四七年六月九日付自動車事故による主たる傷害は右足、左肩、左上腕であつて、直接眼に影響を与える打撃は受けていなかつたものであるから、これとの因果関係も否定される。

第三証拠〔略〕

理由

一  三つの事故とこれらにより原告が受けた傷害の部位、程度。

1  昭和四一年一二月五日午後〇時一五分頃、大阪市西成区津守町東七丁目一一四番地先において、原告が被告清掃局自動車事務所住吉出張所現業員中田一夫運転の清掃車に衝突され、本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第一号証、第三号証の一ないし四に弁論の全趣旨を併わせると、原告は事故当日である昭和四一年一二月五日大阪市住吉区北加賀屋町五丁目三番地所在南港外科病院において、一四日間の安静加療を要する後頭部打撲挫傷、左肩、両下肢、右手打撲傷との診断を受け、さらに同月八日には、大阪市西成区津守町東七の四〇南津守医院において後頭部打撲傷、脳震蕩、頸関節捻挫、胸背部、両下肢右手関節打撲傷との診断を受け、同日から昭和四二年九月一一日まで二七八日間同医院に入院して加療を受け、その後同月一二日から同年一二月二〇日まで通院したこと、右通院終了の時点においては後遺症としては頭重感、頸背部の圧痛感および尿失禁の症状が持続する見込であつたが、全身状態は好転し症状は概ね固定して経過良好であつたことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない(なお、原告は脊髄損傷を主張するけれども、そのような傷害を受けたことを認めるに足りる証拠はない。)。

3  原告が昭和四七年六月九日午前六時二〇分頃、東大阪市上小坂一九九番地付近路上を自転車で走行中、貨物自動車と接触して受傷したことは当事者間に争いがない(以下、第二の事故という。)ところ、原本の存在および成立に争いのない乙第一号証の一ないし四、成立に争いのない乙第七号証の一、同号証の二の一ないし八、第八号証、第九号証の一ないし五、第一〇号証の一、二によれば、原告は右事故により右足挫傷等の傷害を受けて頭痛、頸痛、悪心、嘔吐、頸部運動制限などの症状を呈し、同日東大阪市下小坂七番地所在の八戸の里病院で受診したところ外傷性頸椎症、腰部挫傷等の診断を受け、同年六月一五日から同年八月一三日まで同病院に入院して加療を受け、退院後も頭痛、頸痛が残り、しばらく同病院に通院して加療を受けていたことが認められる。

4  なお、原告が昭和五一年一月二日、自宅玄関で転倒して柱で頭部を打ち、頭部および頸部に受傷したことは当事者間に争いがなく(以下、第三の事故という。)原本の存在および成立に争いのない乙第二号証の一ないし三、第一一号証ないし第一三号証によれば、原告は右事故により頭部外傷、頸部捻挫の傷害を受けてめまい、吐気、頭痛等の症状を呈し、事故当日である昭和五一年一月二日から同月一八日まで大阪市住吉区南住吉町三の九五阪和病院整形外科に入院して加療を受けていたことが認められる。

二  原告の視力障害について

1  原告は、その視力障害の発生の時期について、昭和四八年に入つてから少しずつ視力が衰え始めたことに気付いた旨主張しているところ、成立に争いのない乙第一五号証、証人三根亨の証言によれば、原告は昭和五一年三月、大阪赤十字病院の眼科で診察を受けた際、担当の三根医師に対し「四年ぐらい前から徐々に視力が低下してきた。」旨訴えていることが認められるほか、原告の視力障害が発生した時期を確定すべき直接の証拠はないけれども、のちに認定する事実関係、就中、右原告の訴えを受けた三根医師の四記載の所見と、弁論の全趣旨をあわせて考えれば、それは、第二の事故の直後頃に発生したものと推認される。

2  原本の存在および成立に争いのない乙第三号証の一ないし三、第四号証の一ないし三、成立に争いのない甲第二号証によれば、原告は、昭和四九年一二月五日大阪赤十字病院において視力の検査を受けたところ、矯正後右眼〇・二、左眼〇・〇二の両眼遠視兼弱視と診断され、身体障害者福祉法別表中の二種六級に該当するとの認定を受けたこと、しかし器質的には両眼共に前眼部、中間透光体とも異常なく、眼底にも病変は認められなかつたこと、さらに昭和五〇年一〇月二八日大阪府立身体障害者福祉センター附属病院においては、矯正後右眼〇・一、左眼〇・〇二の両眼黄斑変性、遠視、弱視との診断を受け、障害の程度は二種四級と認定されたこと、以上の事実が認められる。

3  前掲乙第一五号証、成立に争いのない甲第四号証、原本の存在および成立に争いのない乙第五号証の一ないし三、証人三根亨の証言によれば、原告は昭和五一年三月二六日大阪赤十字病院において視力の検査を受けたところ、右眼が〇・〇二、左眼が〇・〇一で共に矯正不能であつたこと、そこで同日から同年九月三日までの間に同病院に入、通院してその眼科および脳神経外科で眼底検査、眼圧の測定、血液検査、頭蓋写、超音波、脳波、脳血管撮影、気脳写等種々の精密検査を受けたが、いずれも異常所見は認められず、結局眼科的、脳神経外科的には、視力障害を招来するような器質的な異常、病変は認められなかつたので、原告の場合は一応外傷に起因して神経性的に視力が低下したものと考えられて、広い意味での外傷性神経症であると診断されたこと、右九月三日には両眼の視力ともに〇・〇一となつていて矯正は不能であり、その障害の程度は前記の一種二級に該当するとの認定を受けたこと、その間、同病院眼科の三根医師は、原告に対し、ビタミン剤と神経安定剤を投与したほかは、特段の治療を施していないこと、が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

三  外傷と視力障害

証人の三根亨の証言によれば、眼科の専門医で大阪赤十字病院の眼科部長である同人が、かつて自ら取扱つた約五〇件の外傷を原因として発生した視力障害の症例を分析、検討した結果は、右症例のうち五割は受傷後二週間以内に、うち八割までは受傷後三か月以内に、視力障害の症状を呈しており、その余の二割も、遅くとも受傷後一年以内に右障害が発生していて、受傷後一年以上を経過したのちに右障害が発生したものは皆無であつたこと、が認められる。そして、同証人は、最も視力障害を起こしやすい外傷は頭部外傷と頸部捻挫であり、外傷を原因とする視力障害が発生する時期は、まずその原因となつた外傷を受けた時から一年以内に限定され、これを超えて数年間も経過したのちに発生するなどということは、皆無とは言い切れないまでも、まず考えられないことである旨証言している。

四  原告の視力障害の原因に関する三根亨医師の所見

前記三根医師は、証人として、また、その証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一四号証鑑定書において、右一の1ないし4の三つの事故は、それ自体はいずれも原告に生じているような視力障害の原因となりうる可能性を有するものである、また、実証はできないけれども、原告に生じている前記の視力障害が外傷性の原因以外の原因によつて生じたものである可能性もないとはいえない、と述べたうえ、右一ないし三で認定したような諸事情をふまえて、右原告の視力障害は、第二の事故によつて生じた可能性が強く(それが第三の事故によつて悪化したものと考えられる。)、本件事故によつて生じた可能性は、医学的に皆無と断定することはできないけれども、極めて小さく、まず零と考えてよい、との所見を述べている。

五  本件事故と原告の視力障害との因果関係

右一ないし四において述べたところからすれば、本件事故それ自体は原告に生じているような視力障害の原因となりうるものであるとはいえ、本件事故発生の時期から原告に視力障害が発生するにいたつた時期までには五年余の歳月が経過しているのであつて、三根医師の取扱症例分析の結果および眼科専門医の立場からみても原告の視力障害が外傷性の原因以外の原因によるものである可能性もないとはいえないものであることに照らせば、他にその原因たりうる外傷を受けた事実がなくても、その発生の時期から考えて、本件事故と原告の視力障害との間に因果関係があるものと認めることはまず困難であるのみならず、右視力障害については、その発生の直前頃と推認される時期にその原因となりうる外傷を与えた第二の事故が発生しているのであるから、本件事故と原告の視力障害との間に因果関係を肯認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

六  以上、本件事故と原告主張の視力障害との間には因果関係が認め難いので、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本件請求は理由がないので、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富澤達 本田恭一 大西良孝)

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